Cでつくるニューラルネットワーク

内容紹介

はじめに
 宇宙という言葉は何かしら人を魅きつけるものがあります。それは宇宙の持つ広大で神秘的な様相からくるものでしょう。アインシュタインは自ら導き出した重力場方程式に宇宙項を持ち込み、当時広く信じられていた静止宇宙を、その方程式により記述しようとしました。

 つまり順理論的な方程式を現実の(とはいっても当時信じられていた)宇宙に対応させるために宇宙項を導入したのです。

 このように宇宙には現実には目の前にありながら、不可思議なものであるという感情を与えるところがあります。

 それと同じような感情を与える宇宙が、私たちのすぐ近くにあります。それは100億もの細胞で、できているといわれる私たち人間の脳です。こちらの宇宙については、それを解明するための道具立てがそろったのはごく最近のことです。

 McCullochとPittsによって神経回路網理論が提出されたのは1943年のことです。しかし、その理論は実際の脳に比べるとあまりに単純化しすぎていたため、当時はほとんど注目されませんでした。神経回路網の学習理論としてHebbが1949年に発表したシナプスの可塑性の理論は、単なる机上の空論扱いを受けていました。

 ところが、1967年に小脳の神経回路網的な構造が明らかになるや、彼らの理論がそれをうまくモデル化していることがわかり、パーセプトロンのブームが起こりました。でも1970年代になると人工知能がもたらした方法論による人間の知的活動のモデル化が、認知科学に影響を与え始めていました。さらにパーセプトロンの限界をMinskyとPapertが数学的に証明したこともあって、神経回路網的アプローチは急激に下火となったのです。しかし地道な研究が続けられ、1980年に入ると再びニューラルネットワークとして注目を浴びるようになったのです。

 コンピュータに知的なふるまいをさせるという意味では、これまでの人工知能と同様ですが、考え方は根本的に異なっています。

 これまでの人工知能は物理記号システム仮説と呼ばれる「仮説」を土台にしています。世界のすべてのことがらは記号に置き換えて、その記号を操作することにより説明できるというのが、その仮説です。

 ところがニューラルネットワークによる物事の表現は、そのような記号に置き換えるのではなく、ネットワーク全体の状態で表現するというものです。そのような表現方法を分散表現と呼んでいます。

 本書では、ニューラルネットワークがどういうものかまた、どのような応用ができるのかを、具体的な例をあげ、実際にプログラムを作りながら知ることができるように構成しました。

 なおニューラルネットワークをプログラム化するうえで、数式を持ち出さずに説明することは困難です。しかし、基本概念を表現する数式と、プログラムするのに必要な数式との間に隔たりがあるのも事実です。したがって、本書では式の変形の過程も省略せずに記述するようにします。ただネットワークの収束性の証明等については、プログラム化するうえで必要ではありませんので省略します。それにこれらについては優れた参考書がすでに出版されているので、そちらを参照していただければよいでしょう。

 最後になりましたが、本書を執筆するにあたり次の方々にお礼を申し上げます。原稿を精読し貴重な意見を提供していただいた庄司速人氏。あくことなき探求心で、共に議論をしていただいた人工知能学習会のメンバー。編集にあたり適切なアドバイスをし、校正等繁雑な仕事をこころよく引き受けてくださったパーソナルメディア(株)の編集部の諸氏に感謝いたします。




あとがき
 筆者は長年、人工知能の分野で仕事をしてきました。他の分野でもそうですが、技術改革というものは恐ろしく速いものです。一般に人工知能は遅々として、進展がないと思われがちですが、実際にその分野で仕事をしていると日々新たな概念が登場するという目まぐるしい状況が続いています。確かに、それだからといって進展があるとは言い難いわけですが、技術の停滞とは別物のように思われます。つまり、人工知能が扱おうとしている問題はいくらでもあるし、解決法にしても人間のように経験的に解決しようとする方法から、論理的に解法を求める方法まで多種多様なわけです。しかも、その問題の性質として、必要な情報がすべて調べられるわけではないということがあげられ、解決法を多様にしていると考えられます。この性質は極めて重要なことで、「情報の部分性とフレーム問題の解決不能性」と題して橋田浩一氏らが、論文を発表されています。

 筆者はそのような、伝統的な人工知能にどっぷりとつかってきたわけですが、何かしら少しばかりの不満を感じていました。しかし、ニューラルネットワークを知るやその不満が無くなってしまったのです。それは、本質的に記号化できないもの、あるいは記号化することが困難なものをいかに表現するかといった1つの解を与えてくれる方法であるからです。

 エキスパートシステムがこれまでに数多く開発されてきました。そして知識獲得や知識表現法が研究されてきましたが、専門家の経験的知識を記号によって表現することは本質的に不可能だとする見方もあります。しかし、ニューラルネットワークによる知識獲得法は、エキスパートシステムが持っているいくつかの問題を解決してくれるかもしれないのです。このような見方は、ニューラルネットワークが脳をモデルにしているということからくる、単なる錯覚なのかも知れませんが、筆者はこの錯覚を充分に楽しみたいと考えます。

 最後に言い訳を少し。本書はあくまでニューラルネットワークを用いた問題解法を示すことにあります。したがって記述に際して、理論的な厳密さに欠けるところや舌足らずなところ、また逆に言い過ぎているところやおもいつき程度のものがあろうかと思いますが、そこは筆者の浅学非才から出たものとして気楽に読んでいただきたいと思います。

平野 廣美






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