新・思考のための道具



新版への序

 1980年代初め、パワフルなパソコンや何百万台ものコンピュータによるグローバル・ネットワークというものは、まだ現実の存在でなかった。それがほんとうに日常生活のものとなったのは、1990年代の終わりのことだ。今のわれわれの生活に大きな影響を与えている情報通信テクノロジーの世界は、現在のコンピュータ産業が生み出したものではないし、正統的なコンピュータ科学に裏打ちされたものでもなかったのである。

 その世界はむしろ、富や名声を求めないほんの一握りの反抗者たち、人間の思考を魅了する新たな道具(ツール)を生み出すことに人生を賭けた者たちによって、築かれたのだった。彼らがそうした道具をつくり出したのは、自分たちが個人で使いたかったからだし、そうすることが“クール”だったからだし、それが人間を進歩させるものだと信じたからだった。

 アップルとマイクロソフトがまだ未熟な企業だったころ、新たに出現したパーソナル・コンピュータ産業について書かれたほとんどの記事は、「ティーンエイジャーの億万長者」に関するものだった。大衆向け雑誌に書かれたことを信じるならば、パーソナル・コンピュータはスティーヴ・ジョブズとビル・ゲイツによって発明されたことになる。だが、どんな記者であろうと、もし1970年代後半にゼロックス・パロアルト研究センター(PARC)を――つまりジョブズとゲイツが彼らのアイデアを得た場所を――訪れていれば、20年後の生活がどうなるかということを十分予見できていたはずだ。パソコンとネットワークがいったいどこから生まれたのかというほんとうのストーリーは、私にとって、シリコン・ヴァレーにまつわる一般的な神話よりもずっと興味深く、根本的に重要なものなのである。17年前、私はPARCのアラン・ケイを見つけ出し、ARPAのJ.C.R.リックライダーとボブ・テイラーを見つけ出し、そしてSRIのダグ・エンゲルバートを見つけ出したのだが、それは、コンピュータがいつの日か人間の思考とコミュニケーションと問題解決を手助けする存在になるのだ、という考えに魅せられたからだった。

 1999年、私はエンゲルバートとケイ、テイラーほか、1983年に出会った人たちのもとを再訪問した。そして、彼らが未来をつくり始めたときにそれがどう見えていたのか、未来は実際にどう変わっていったのかということを話し合い、“心の増幅(マインド・アンプリファイイング)”テクノロジーの今後の可能性をインタビューしたのだった。テクノロジーの進歩を回顧するのは、思考のための道具(ツール)がわれわれの未来をどう変えていくか予見することよりは、はるかにたやすいだろう。今回、その助けをMIT(マサチューセッツ工科大学)出版局がしてくれるのだから、うれしいではないか。この新版の巻末に加えたあとがきでは、この本が書かれた1983年の時点でわれわれが将来をどのように考えていたか、そのことを振り返ろうと試みている。






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