気候変動に関する一考察
―すでに「ターミネーション・ショック」は起こっている―

気候変動に関する一考察
―すでに「ターミネーション・ショック」は起こっている―

最近、気候変動に関するニュースや論文で「ターミネーション・ショック」が話題になっている。1991年のピナトゥボ火山の噴火では2,000万トンの二酸化硫黄が成層圏に注入され、酸化により太陽光を遮る硫酸エアロゾル(微粒子)が全球規模で形成されて、1991年から1993年にかけて世界の気温が0.5℃低下した。日本では1993年に夏の気温が平年を2℃から3℃下回る冷夏となり、稲の生育不良で米の輸入を余儀なくされる「平成の米騒動」になった。このように成層圏に硫黄など太陽光を遮る大量のエアロゾルを撒けば、温室効果ガスを削減しなくても一時的には気温を下げることができる。しかし、注入が中止されると気温が一気に上昇してしまう。これがターミネーション・ショックだ。欧米ではニール・スティーヴンスンの同名の小説(2021)でよく知られている。ただ、話題になっているのは将来行われるかもしれない地球工学(geoengineering)の影響ではなく、今現在ターミネーション・ショックが起こっているのではないかという議論だ。

2023年から24年にかけて世界の平均気温(陸域における地表付近の気温と海面水温の平均)が異常に高いことが話題になった。CO2などの温室効果ガスによる温暖化は気候モデルでは年に0.02℃程度高くなるはずなのに、その10倍の年0.2℃もの上昇が見られた。2024年3月にNASAゴダード宇宙研究所所長ギャビン・シュミットが疑問を持ちNatureに「気候モデルは2023年の異常な猛暑を説明できない―未知の領域に入っている可能性がある」【1】と寄稿した。そして異常高温の犯人探しが始まった。候補として上がったのは、以下のとおり。

  1. エルニーニョ/ラニーニャの影響
  2. フンガ・トンガ・フンガ・ハアパイ火山の2022年1月の噴火
  3. 太陽活動の活発化
  4. 海洋を航行する船舶の燃料の国際規制IMO2020
  5. 太陽光を反射する低層雲の減少

1. 2. 3. は自然現象。エルニーニョ/ラニーニャは過去と比べて緩やかで影響は薄い。火山の噴火では成層圏にエアロゾルでなく大量の水が放出された。太陽活動は極大期に近づいていた。だが、これらでは数百分の1℃しか説明できない。

4. は国連の一組織である国際海事機関(IMO)による「船舶による汚染の防止のための国際条約」(マルポール条約)の影響。大気汚染や酸性雨の防止のため船舶燃料中の硫黄成分を最大3.5%から0.5%に減らした。2024年5月にはNature Communications Earth & Environmentに船舶燃料の規制が意図しない温暖化をもたらしていると主張する論文【2】。タイトルに「意図しない地球工学ターミネーション・ショック」(inadvertent geoengineering termination shock)とあり「2020年には、燃料規制により国際海運からの二酸化硫黄の排出量が約80%急激に削減され、地球規模の影響を及ぼす意図しない地球工学的終結ショックが発生した」。同様の論文【3】でも「意図せず「逆転」した形ではあるものの、おそらく初めての大規模な地球工学実験」。だがそれだけでは2023年の異常高温を説明できず、他の要因が必要との意見が大勢に。

5. については2024年末には世界の雲の減少が話題に上った。2024年12月5日のScience電子版(誌面では2025年1月3日号)【4】には地球の雲が縮小し、地球温暖化が加速していることを示す論文が掲載され、大反響を呼んだ。論文の中で船舶燃料の規制による温暖化は疑わしいとも。2024年12月16日の日本経済新聞夕刊トップも「減る雲温暖化の一因? 衛星観測、過去20年で最小 排ガス規制 ちり減影響も 日射増で気温上昇」。「地球上の雲が減っている。NASAの衛星データを分析すると、2023年は過去約20年間で最も少なく、世界的な減少傾向が浮かぶ。日本では日射が増え、記録的猛暑への関連が疑われる。各国が大気汚染防止に取り組んだ結果、大気中のちりが減り、雲ができにくくなったとの見方もある」「国立環境研究所の広田渚郎主任研究員は「各国の研究機関は将来の気温上昇に対する雲の役割を過小に見積もっている可能性がある」と話している」

雲の減少の原因はさまざま考えられるものの「大気汚染の減少によりエアロゾルが減少して高さ3,000m以下の低層雲が作られにくくなった。それにより太陽光の反射率(アルベド)が減り日射が増えて異常高温が起きた」説に注目が集まるようになった。そして今大気汚染の減少による「ターミネーション・ショック」が起きているのではないかという見方が強まった。2025年7月14日には「東アジアのエアロゾル浄化は、最近の地球温暖化の加速に寄与している可能性が高い」という論文【5】。主にアジア地域における大気汚染の低減により、雲の形成に欠かせないエアロゾルが減少しているという。

英国の科学ニュース週刊誌New Scientist2025年9月13日号には「地球の気候は今ターミネーション・ショックの状態にあるのか」【6】が掲載。

  • 石炭火力発電所の閉鎖や船舶燃料のクリーン化といった世界的な取り組みは、ここ数十年で何百万人もの命を救い、公衆衛生を改善し、酸性雨などの環境問題を抑制してきた。
  • 一方で、大気汚染は地球を冷やす可能性も秘めている。大気汚染の除去が、地球温暖化の急激な増加を引き起こし、世界中の気象を歪めている。
  • 硫酸エアロゾルは地球の冷却に寄与している。これは主に二つの方法で起こり、一つは、硫酸エアロゾルが小さな鏡のように働き、太陽光を宇宙空間に反射する。もう一つは、硫酸エアロゾルが凝結液滴形成の核として働き、雲をより白くすることで、反射率を高める。
  • 気候科学者たちは1970年代からこの冷却効果を認識しており、不確実性の幅は大きいものの、温室効果ガス排出による温暖化効果を約0.5℃抑制するのに役立ったと推定。

我が国の気象庁も「エアロゾルがないと気温は上がる。人為起源エアロゾルは、現在の世界平均の地上気温を0.5~0.6℃低下させ、温室効果ガスによる気温上昇のうち30~40%を打ち消す。もしエアロゾルがなかったら、気温は今よりも高くなる」【7】

まとめると、異常高温化の原因は、大気汚染の減少あたりが最も有力で船舶燃料規制もあるのではないかといったところ。今後どうなるかはわからない。2025年は気温はそれほど異常ではないようだが、コペルニクス気候変動サービスによると、この夏は東アジアだけ地表温度が異常に高かったようだ。気になるところである。また一部の研究者は、異常高温を補うために極めて慎重にではあるが地球工学でエアロゾルを注入する議論が必要だとしている【8】【9】。もし注入できたとして、その後に起きるかもしれないターミネーション・ショックはどうするのだろう。

1998年から2012年まで温暖化が一時停止したようにみえたハイエイタス(休止)とよばれる時期があった。我が国の海洋研究開発機構および国立環境研究所が2024年に発表した研究【10】【11】【12】で地球温暖化の減速に対する人為的および自然的な要因の寄与について、世界で初めて人為起源の要因を詳細に分けた形で包括的に調べた。それによると冷却効果の約50%がラニーニャによる効果、約26%が太陽活動の低下、メタンおよびオゾン層破壊物質の削減の影響が約24%を占めることを明らかにした。研究自体はCO2以外の温室効果ガスも重要な役割を果たすことを示すのが目的だろうが、ラニーニャと太陽活動という自然現象で4分の3も占めていたという結論は驚きではないだろうか。

そして今度2023年から2024年にかけては気温が予想より上がり過ぎた。しかし温室効果ガスだけでは10分の1しか説明できない。その他による効果が意外に大きい。当たり前の話だがCO2を減らせば、それによる気温上昇は防げる。しかし他の要因で気温が上昇なり減少した場合には効果がない。我々は気温が決まる原因を完全には把握できていないので、不確実性は最後まで残ってしまい、実際になってみないとわからない。

2021年に発表されたIPCC第6次評価報告書のうち、物理化学的根拠を扱った第1作業部会の報告書第7章は地球のエネルギー収支、気候フィードバック、気候感度などを扱っているが、これまでの2世紀半、人為起源エアロゾルが温室効果ガスによる温暖化の約3分の1を相殺しているとした。しかし、その算出過程は極めて不確実性が高くこれからどうなるかはわからない。今回の事態は2027年以降に発表が予定されているIPCC第7次評価報告書でどう記述されるだろうか。

大局的に見ると気温は温室効果ガスだけでは決まらず、他の自然要因や人為要因のほうが大きくなることは十分予想され、100年後の気温がどうなるか誰も確実なことは言えない。そうなると温室効果ガスの排出削減と吸収の対策を行う「緩和」に力が入らなくなり、すでに起こりつつある気候変動影響への防止・軽減のための備えと、新しい気候条件の利用を行う「適応」のほうに関心が移っていく。

そこに慈善家ビル・ゲイツがCOP30を前に10月末に行った提言「気候に関する厳しい真実」【13】である。

  • 気候変動は深刻だが、文明を終焉させるほどではない。
  • 気温は気候に関する進歩の最良の尺度ではない。
  • 健康と繁栄が気候変動への最大の防御である。

当然気候変動コミュニティにとって大変なショックとして受け止められた。ゲイツ財団は気候変動にも資金を提供しているが、マラリアやはしかの撲滅など世界の医療の向上や極度の貧困の削減が主な目的。本人は70歳になり寄付を加速しているが、財団が2045年には解散することも関係しているのではないか。

ゲイツが著書「環境危機をあおってはいけない地球環境のホントの実態」で知られるデンマークの政治経済学者ビヨルン・ロンボルグの主張に似通ってきたことに誰でも気がつく。朝日新聞2024年6月1日でロンボルグのインタビュー【14】を行っている。主な要点は

  • 世界が抱える課題を解決するために最も効果的な投資対象として、結核、マラリア、教育、農業研究開発など12分野を選んだ。
  • それらに毎年合計350億ドル(約5.5兆円)の追加費用をつぎ込めば、年420万人の命を救い、1兆ドル(約155兆円)以上の貧困改善効果がある。
  • 気候変動対策は期待される効果が他より小さい。もっと効果的な分野に振り向けるべき。
  • 人類にとって対処すべき巨大リスクは気候変動だけでなくAI、核戦争、小惑星などいくつもある。まず達成可能なことから手をつけるべき。

人類全体のための慈善事業であっても気候変動対策のように危機をあおるばかりで一向に効果が見られないとこのような結論になってしまう。

話は変わってハワイ島のマウナロア観測所(MLO)では、1958年から化学者チャールズ・デービッド・キーリングとその息子がCO2をはじめとする大気の観測を行って来た。山頂にあり陸地からも孤立していて観測条件が整っている。CO2の増加を示すグラフは温暖化論議の始まりとなった「キーリング曲線」として知られている。観測所は1963年にも閉鎖の危機にあったが生き残った。トランプ政権は米国海洋大気庁(NOAA)の予算削減を求め、観測所は閉鎖される恐れがある【15】。決定は議会に委ねられているが皆が継続を願っており、ぜひ存続してほしいものである。

参考文献

【1】 Climate models can't explain 2023's huge heat anomaly - we could be in uncharted territory, Nature(2024年3月19日)
https://www.nature.com/articles/d41586-024-00816-z
【2】 Abrupt reduction in shipping emission as an inadvertent geoengineering termination shock produces substantial radiative warming, Nature(2024年5月30日)
https://www.nature.com/articles/s43247-024-01442-3
【3】 IMO2020 Regulations Accelerate Global Warming by up to 3 Years in UKESM1, AGU(2024年8月14日)
https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2024EF005011
【4】 Recent global temperature surge intensified by record-low planetary albedo, Science(2024年12月5日)
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adq7280
【5】 East Asian aerosol cleanup has likely contributed to the recent acceleration in global warming, Nature(2025年7月14日)
https://www.nature.com/articles/s43247-025-02527-3
【6】 Is Earth's climate in a state of 'termination shock'? , New Scientist(2025年9月9日)
https://www.newscientist.com/article/2494279-is-earths-climate-in-astate-of-termination-shock/
【7】 大気中の微粒子(エアロゾル)が地球の気候を変えるー気候研究の最前線ー, 大島長(気象庁気象研究所 全球大気海洋研究部), 令和5年度気象研究所研究成果発表会(2023年12月2日)
https://www.mri-jma.go.jp/Topics/R05/051202/slide/20231202_04_Oshima.pdf
【8】 Global Warming Has Accelerated: Are the United Nations and the Public Well-Informed? , Taylor & Francis(2025年2月3日)
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/00139157.2025.2434494#abstract
【9】 Turns Out Air Pollution Was Good for Something, The New York Times(2025年9月21日)
https://www.nytimes.com/2025/09/21/opinion/geoengineering-planet-cooling-sulfur.html
【10】 メタン等の温室効果ガス削減が温暖化遅らせた可能性 日本の研究で明らかに, ウェザーニュース(2024年12月1日)
https://weathernews.jp/news/202411/280125/
【11】 CO2以外の温室効果ガス排出削減が温暖化を減速させていることを検出~1998年から2012年の温暖化減速期についての分析~, 国立研究開発法人海洋研究開発機構、国立研究開発法人国立環境研究所(2024年11月1日)
https://www.nies.go.jp/whatsnew/2024/20241101/20241101.html
【12】 Reductions in atmospheric levels of nonCO2 greenhouse gases explain about a quarter of the 1998-2012 warming slowdown, communications earth & environment(2024年11月1日)
https://www.nature.com/articles/s43247-024-01723-x.pdf
【13】 A new way to look at the problem, Three tough truths about climate What I want everyone at COP30 to know. , Gates Notes(2025年10月28日)
https://www.gatesnotes.com/home/home-page-topic/reader/three-toughtruths-about-climate
【14】 人類の課題は温暖化だけじゃない デンマーク研究者「賢明な対処を」, 朝日新聞(2024年6月1日)
https://digital.asahi.com/articles/ASS5F3D4HS5FULFA005M.html
【15】 Maunaloa research station, vital to global CO2 data, could close due to NOAA cuts, Hawai'i Public Radio(2025年8月13日)
https://www.hawaiipublicradio.org/local-news/2025-08-13/maunaloa-research-station-vita-to-global-co2-data-could-close-due-to-noaa-cuts

※本記事は「TRONWARE VOL.216」(2025年12月)から「Movement TRONから見たコンピュータ業界の動向」を再構成したものです。